バラと友に

春に咲きほこるバラを見て自分も癒され、道行く人にも喜んでもらえるのは 素晴らしいものです。

聖餐式に思う

        2016年2月7日(日)





    日曜日に教会へ通い始め6ヵ月が経った


    月の第1日曜日には聖餐式を行う


    聖餐式とは「最後の晩餐」でイエスが弟子たちへ


    パンは私の体である 杯に満たしたぶどう酒は


    私の血であると告げたことに由来する


    洗礼を受けてないものは本来参加出来ない


    「ふさわしくないままで主のパンを食べたり


    その杯を飲んだりする者は、主の体と血に対して


    罪を犯すことになります」


     (コリントの信徒への手紙一11:27)


    式の冒頭にそのようなことを言われると


    違和感を覚える その為パンと杯を受け取らなかった


    イエス自身はそのようなことは言ってないと思うのだが


    あまねく全ての人を受け入れる教会自ら


    拒絶し差別している


    意を決して教会へ通い始めた者にとって


    足を遠のかせる原因になるだろう


    聖餐式に初めて参加しパンと杯を頂いた時は


    感動したものだが参加を重ねるごとに違和感が出る


    何か異物が喉に引っかかったごとく


    スッキリしないまま去る


    来月の聖餐式の日は休むことにする


    昼から庭作業をする

P2068302.jpg


    作業をしていると人懐っこいジョウビタキが来る

P2068299.jpg


   メジロもやって来る


    


 
     モーツアルト 「レクイエム」より


       「怒りの日」です

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 [ 2016/02/07 21:48 ]  未分類 | TB(0) | コメント(6)
聖餐式なるものがあるのですか。カトリックでは、ミサの度にホスチアをいただきます。
カトリックと他の宗派とでは若干の違いはあると思いますが、洗礼を受けていない方は、代わりに神の祝福を受けることができます。こちらの方が、よほど丁寧で心がこもっているような気がしています。

先唱の方が、省略して、『洗礼を受けたもの方だけがいただくことができます』とだけで案内を終えてしまうと、まだ、洗礼を受けていない方は、確かに、嫌な気分になることでしょうね。
[ 2016/02/08 13:38 ] [ 編集 ]
Re: タイトルなし
こんばんは! AzTakさん

プロテスタントの中で、洗礼を受けてない者でも
聖餐式でパンと杯を頂いても良いという教会も有るようです。
当教会は基本的には受洗者のみの式のようです。
私自身先月までは、違和感を覚えながらも
パンと杯を受けており、牧師さんや他の方々も
黙認状態でした。
気持ちが乱れたままでは、納得できないので
これからは休むことに、します。

カトリック教会のことを、検索しました。
AzTakさんの仰るように洗礼を受けてない者には
ホスチアを頂かない代わりに、祝福が受けられるのですね。
そちらの方が、寛容ですね。
近くにカトリック教会が有るので
訪ねてみるのも悪くないですね。
[ 2016/02/08 21:54 ] [ 編集 ]
無教会という考え方をとった内村鑑三は聖餐式や洗礼といった儀式には拘らないという立場をとりました。聖書をよく読めば、聖書はそれを絶対にせねばならないと書いてはいません。

内村鑑三をよく知らない頃は、無教会という考え方は違うと思っていました。でも、矢内原忠雄の書物を読み、彼を通して内村鑑三を知ってからは、聖餐式や洗礼に拘らなくても、イエス・キリストを信じる信仰があればいいのだと思うようになりました。

私が今行っている近くの教会は,どちらかというと形式的な礼拝をしていると感じています。ですので、時々礼拝には行かず、大阪から送られてくる1週間遅れの礼拝DVDを家で見て過ごすこともあります。

イエス様はイエス様の元に来る人たちには、誰彼の区別なく受け入れたのに、現在の教会では、洗礼を受けたかどうかで線引きをすることがよくあると思います。(線引きをしていることに気づいてもいないと思います)。それが洗礼を受けていない人にどんな思いをさせるのか、ということまでは思い至らない。(多分、それなら、洗礼を受ければいいでしょ・・・となると思います)。

花咲かじいさんの抱かれている色々な思いに、教会の方が真摯に向き合ってくださればいいですね。
[ 2016/02/08 21:55 ] [ 編集 ]
Re: タイトルなし
こんばんは! 愛希穂さん

内村鑑三クリスチャンだったのは知っておりましたが
聖餐式や洗礼に拘らないという立場には共感します。
まだ愛希穂さんのように、全面的にイエスを信じるまでは
至ってないですが近づくようにしています。
今度彼に関した本を読んでみます。

教会により違いがあるようですね。

イエスの誰彼無く受け入れた思いの具現者で有るべき教会が
線引きしている現状は、新入者を拒むことになり
教会が閉塞することになると思います。

洗礼は納得したら受けたいと思っております。
その前に機会があったら思いのたけを伝えたいです。




[ 2016/02/08 23:20 ] [ 編集 ]
私は、ウィーン日本語カトリック教会へ8年前から通っています。夫は、仏教寄りの人なので、洗礼は受けまいと思ってここまできました。ミサでは、神父様から祝福だけいただいています。今のところ、このままでいいと思っていますが、先のことはわかりません。
花咲かじいさんが、神様から離れてしまわないようにお祈りしています。
[ 2016/02/13 09:34 ] [ 編集 ]
Re: タイトルなし
こんばんは! マダムKenwanさん

嬉しいですね!マダムKenwanさんも教会へ通われているんですね。
しかも8年前からなんですね。
カトリックでは未受洗者も祝福を受けられるから
疎外感を持つことも無く良いですね。

私は納得が出来たら洗礼を受けるつもりですので
気長に構えます。

たとえ教会へは行かなくなったとしても
聖書から離れることは有りません。

カトリックとプロテスタントの違いはあれ
聖書から教えを乞うことは、同じで
マダムKenwanさんが更に近しく感じられます。
訪問するのが益々楽しみになりました。

[ 2016/02/13 21:34 ] [ 編集 ]
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プロフィール

Author:花咲かじい
大分県在住 
休日は好きなクラシックを流しながら
庭仕事をしています。
バラと野菜作りがストレス発散になっています。

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